No.2:ブルガリア民族舞踊のダンサー①~【生い立ち】【ブルガリア民族舞踊との出会い】~
【はじめに】
*Mさんの基本情報*
京都大学大学院在学。2X歳。ブルガリア民族舞踊のダンサー。入学以来、京都大学民族舞踊研究会(KVK)で活躍。のめりこみ過ぎて、現地に1年間ダンス留学する。ついには舞踊団への内定さえもぎ取るが、まさかの内定取り消し。現在は身の振り方を検討中。
【生い立ち】
――もともとダンスが好きだったんですか?
M:小5から中3までバレエをやってたから、好きではあったかな。でも、高校の時にはもうやめてたから、ずっとしてたわけじゃない。
――高校の時は何部?
M:茶道部だった。ただ、小2から高2まで合唱をしてたから、メインはこっち。毎日練習が入ってた。
――それは、近所の教室とかだったんですか?
M:ううん、NHKの東京児童合唱団。
――ガチじゃん。合唱感ないのに。すごい意外。
M:実は、ね。
――それが、高校2年まで? 受験を機にやめたってことですか?
M:児童合唱団が、小2から高2までだったんだ。
――「お前はもう児童じゃない」って?
M:そうそう。退団。卒団か。
――涙の卒団をしたと。そこでは、どういった活動を? どういった歌を歌うとか、どんなシーンで歌うとか。
M:年に1、2回発表会あって。それとは別に、番組のバックコーラスをしたり、合唱コンクールのモデル演奏をしたり。人によっては、オペラの子役に引っ張っていかれたり。だから、ほぼ常に、何かしらの出演が控えてた。
――それじゃあ、テレビにはかなり出てた?
M:声だけもあれば、顔出しの時も。
――紅白とか出ました?
M:私は機会に恵まれなかったけど、同期の子は「さかなさかなさかな」に出てた。
――あ~。
M:アンジェラアキの武道館コンサートには出たよ!
――それって、入るのは大変じゃないんですか? そもそも、なぜ入ろうとしたんですか? 親に連れて行かれた?
M:入団したきっかけは、小2の時、学校の担任がチラシをくれたから。ちょっと歌が好きだから、くらいの気持ちでオーディションに行ったの。そしたら、受かっちゃって。
――ちなみに、ピアノとかはしてたんですか?
M:それはない。
――じゃあ、音感があったとかってわけでもないんだ。
M:あ、でも私、絶対音感は持ってて。
――???
M:母親がピアノの先生だったからかもしれない。
――それなのに、ピアノはしてなかった?
M:兄は教わってたんだけど。それでいいことないな、って思ったらしくて、姉と私には教えなかった。
――お兄ちゃん、グレちゃったんですか⁉
M:そんなことないけど。
――じゃあ、高校は合唱をやりながら、ゆるめの部活だった、と。
M:そう。合唱はデフォで週2だったけど、一番忙しいときは月に2回しか休みがなかった。
――週休二日どころじゃないですね。
M:それに合唱をやりながら、小3から中3まで習字、中学は吹奏楽、公文も行って、って感じで、常にいろいろなことをしてたから、そのうちの一つくらいとしか思ってなかった。
――バレエは週1?
M:バレエは週2、3。
――もはや働いてますね。
M:働き者だったんですよ、私。それこそスケジュールはビジネス手帳ばりに時間刻み。
――とはいえ、運動はしてなかったんですね。
M:水泳をちょっとだけ。だから、どっちかっていうと文化系だった
――そんな忙しいのにバレエを始めたのは、これまたなぜ?
M:友達の発表会を見に行って、やりたいなって。
――中学受験でしたっけ?
M:いや、受験は高校で。
――ということは、バレエは受験のタイミングでやめた、と。
M:戻る元気がなくなっちゃったから。バレエはもって生まれたものが大事なの。身体的な特徴というか、見た目が。それを常に意識させられることが辛かった。それに、小5から始めたのは遅かった。ハンデが乗り越えられなかったんだ。私がやるには厳しすぎた気がする。
【ブルガリア民族舞踊との出会い】
――それでまた、なんで京大来たんですか?
M:東京は好きだったんだけど、一生東京っていうのもどうかと思って。成績が良くて、東大受けろって言われたんだけど、そういうのも嫌だったし。だから、北大とか長崎大とか、観光地にある大学ばかり考えてた。
――そして、入学、と。現役でしたっけ?
M:うん。
――「民族舞踊研究会」へは、どうして?
M:人前でパフォーマンスするのは好きだったの。それで、本当はバレエやりたかったんだけど、大学にはサークルがなくて。先生がいないとできないからね。代わりに、アイリッシュやろうと思って入った。入ってみたら、アイリッシュがなかった。
――あら。
M:資料はあったから、積極的に動けばできたんだろうけどね。何の知識もないまま自分でするエネルギーもなかったし、結局、みんなが踊っているのと同じものを踊っていた。
――ブルガリアとの出会いは?
M:一回生のあるタイミングで、先輩がデモを踊ることがあって、その時に混ぜてもらったらすごく楽しくて。それで、好きだなって。
――それ以来、ブルガリア一筋ですか?
M:ブルガリアは好きでずっとやってたけど、興味の幅が広いから、別の踊りにも絶えず触れてた。ハンガリー、ポーランド、中国。何でも。
――そもそも、サークルの中にはどういう踊りが?
M:アルメニア、アゼルバイジャン、スコティッシュカントリーダンス、マケドニア、ギリシャ、トルコ、ルーマニア、セルビア、東欧いろいろ、フランス、イギリス、アメリカのラウンドダンス、スクエアダンス、日本の盆踊りも。
――そもそも、このサークルって、どういった団体なんでしょうか? サークルにひとつの踊りが導入される経緯とか、それから受け継がれていく流れとか、教えてもらえますか。
M:60年前くらいからあるサークルなんだけど。始めは、レパートリーも少なかったはず。ダンスは講習者を外部から呼ぶか、習ってきた人がサークルに持ち込むか。
――日本の盆踊りでも、「炭坑節」と「21世紀音頭」と、いくつか種類があるわけですけど、海外の伝統的なダンスにもいくつか曲があって、それぞれに振りが違うんですか?
M:あるある。ブルガリアで言うと、大きく7つの地域があって、それぞれで曲の雰囲気が違う。これは、土地それぞれの風土を反映している印象。土地の豊かな東の方では、土をめでるような踊り方をしている。地面に近いの。土地がやせている西の方だと、地面をひたすら蹴っ飛ばしてる。
――なるほど、面白いですね。ただ、さっき僕の挙げた二つは「盆踊り」というカテゴリーの中での違いですけど、その七つはそれぞれ別の踊りということになりませんか?
M:そうかも。日本にも「盆踊り」があって、「ソーラン節」があるよね。この捉え方の方が適切かも。
――そのうえで、曲と踊りは一対一対応なんですか? 「炭坑節」は即興の振りとかないわけですけど。
M:アドリブはあるよ。踊りには決められたモチーフがあるんだけれど、それを表現するのなら、対応する振りをどこで入れるかはある程度自由。ハンガリーの踊りだと、男女ペアになって踊るんだけど、振りは完全に男性の主導なのね。女性はそれに合わせるの。
――そんなことできるんですか?
M:それができるの。すごいでしょ。体に染み込んでるから。
――染み込むまで練習するんですね。じゃあ、すべての踊りは一度きりの物なんだ。ジャズのセッションみたいに。
M:そんなかんじ。
――なるほど。ところで、踊りって、そんなに次々踊れるようになるものですか? 事前に習熟はいらない?
M:運動神経がいい人の方が、身に着くのは速いかな。
――ご自身は、いい方ですか?
M:運動神経は、めちゃくちゃ悪い。ただ、どちらかというと見せることよりも楽しく踊ることを大切にするサークルだから、困ることはなかったよ。
――今でも、運動は苦手なほう?
M:いまでも、そう感じる。踊りは練習でカバーできるけど、日常生活の中では鈍いなって感じる。あんまり踊りと運動神経は関係ないかも。
――それなら、踊りと関係してくるのはどんな要素ですか?
M:持論だけど、背中の使い方が綺麗かどうか。上手い人はみんなきれいなの。手とか足とか動かしてなくても、きれいに見える後姿ってあるじゃない。それと一緒。背中さえきれいに見せられたら、どんな踊りもきれいに踊れる。これは、普段から姿勢を意識していればよくなっていくところ。だから、やっぱり運動神経とはちょっと別物かな。
――普段からそんなこと意識してるんだ。プロだなぁー。
M:最近は、さぼり気味だけどね。
――とはいえ、今でもサークルの方へは行かれてるんですよね?
M:たまに顔出す程度かな。もう引退してるし。主に教える側なんだけど。
――いままで見てきた七年で、踊りの種類は増えてますか?
M:めちゃくちゃ増えてるよ。久しぶりに行くと、そのたびに知らない曲があるの。みんな、新しく来た曲に乗っかるから。前にあった曲は、逆に消えちゃう。
――サークルの中で、流行があるんだ。
M:次から次に、講習者呼ぶから。
――YouTubeを見て、とかではないんですね。
M:なくもないけどね。ただ、教えるのもなかなか大変。京大生って、この動きにはどんな意味があるのかとか、どこに力を込めればいいのかとか、いちいちめんどくさいから。
――黙って踊れよ、って?
M:そこまでは言わないけど、踊りを言語化することにこだわるのは好きじゃない。私が入ったころと比べて、今の子は、まず説明を求めがちな気がする。踊りは、踊りのままコピーしたらいいと思うんだけど。人から人に伝えるだけでも「翻訳」なわけだけど、言葉を介して二度も「翻訳」したら、ますます誤差が大きくなっていく気がする。
――能とかだと、何も考えずに真似しろ、って言いますものね。なるほど、頭でっかちなんだ。先輩としては、度し難い、と。
M:言わないけどね。
――さて、踊れるようになる、みんなで楽しく踊る、というサークルの中で、ご自身はすごく異色な存在じゃないですか? ストイックというか。
M:多分。
――やはり、少数派?
M:常に常に、って意識で基礎からやってる人は少ないかな。
――プロフェッショナルな意識は、みんなが持てるわけじゃないですものね。
M:私は、プロのやっていることを全部真似したい、同じ体を作りたい、って思ってる。
――そこまで行くと、職業ですよね。遊びでやってるわけじゃない。
M:前に「教えてください」って、来てくれた子がいたんだけど、それを求めた瞬間、しばらく連絡が来なくなっちゃって。うふふふふ。
――苦笑
M:私みたいになりたい、って言われて、すごくうれしくって。だから張り切っちゃった。私のやってる基礎練を一緒にやったんだけどね。
――一体、どんな恐ろしいことを求めたんですか。
M:バレエの練習みたいなのを、基礎の基礎から。プロの舞踊団の人がやってるのと同じことなんだけど。
――なるほど。それって、急に言われてできるものなんでしょうか。
M:ちょっと難しいかな(笑)
――大変なんだ……。つまり、バレエの積み重ねが生きた?
M:東欧のダンスって、基礎にバレエの要素を取り入れているから、舞踊団や留学先の練習についていく上で役にたった気がする。
――そのうえで、バレエが生きてくるというのは、筋力なの? それとも体の動かし方のコツ、という点ですか?
M:後者かな。体の各パーツがどう連動するか、そのイメージをつかむっていうか。
――それがあるかないかは大きいですよね。で、それを彼女に一から叩き込もうとしたら、逃げられちゃったんだ。
M:うん。でも、舞踊団って、華やかに見えて普段の練習は基礎と繰り返しの地道な鍛錬だと思う。だから、最初から必要だと思う練習は全部やった。
――そんな甘くないぞ、って?
M:そうそう。
――にこにこしながら、怖いことしますね。
M:うん、にこにこしてた。
――……。
M:自分にも他人にもドSであることが、私のモットーだから。
<参考> 京都大学民族舞踊研究会(KVK)
京都大学の文化系サークル。けっこうな歴史と伝統を誇るらしい。京都大学の文化祭であるNFでは、ランドマークである時計台・クスノキのふもとで輪になって踊っている。公式HPがあるので、気になる人はぜひ。
②に続く。